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2018.02.14

2018-006 #10をうけて

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こんにちは、黒澤です。

昨年の記事10「トラトラトラ」で、
> やたらと、航空関連を希望する同期が多かった思い出がありますが、
> その理由は、入隊から約1年後に私も体感しましたが、また別の記事でいずれ触れますね。
という内容を掲載していました。

その続きを書こうと思います。
単刀直入に言うと、艦艇勤務って自由が効かないのです。
私の経験では、1年365日のうち約250日自分の家に帰れない年もありました。

訓練先の寄港地も含めての250日です。(#21も参照ください)
マジモンで海の上だった日数は、覚えていません!
感覚値ですが、190日くらいは海だったんじゃないだろうか。

週刊少年ジャンプはリアルタイムで読めないことが多いです。
毎週楽しみにしているドラマやバラエティなども。
どちらも、後でまとめて消化すれば言い訳ですが、リアルタイム性はないですね。

またライブやコンサートなどチケットを確保したとしても、いけない可能性があります。
緊急出港とかもザラにありました。
また別の記事で書こうと思いますが、台風の時期なんかは特に。

酷い話だと、1か月後に迫った結婚式を延期させられた先輩がいました。
式場とか参加者の皆さんの予定。。。

同じ年に入隊した人数はもっと多いはずですが、私の同期と呼べる人間は、約100名です。
私の身近な同期のうち、1~2割くらいが親も自衛官でした。(特に青森出身者に多かった。)
彼らのうち、よっぽど海に思い入れがある同期以外は、航空関連の職種を希望していたような。。。
親から艦艇勤務の過酷さを説かれていたのでしょうか。

あまり深く先のことを考えていなかった私は、レーダー員(=勤務地が船しかない)などを志望する訳です。
自由の利かないスケジュールや船酔いなどの真っただ中で、「そういえば俺、学校の遠足とかのバスでも酔ってたな~」なんて思い出すわけです。

航空関連の職種もそれはそれで厳しいこと、多いんでしょうね。
(羨ましくなるからだったのか、あんまり同期に聞かなかった。聞いたけど忘れた?)
今では、「つらい思い出も人生の糧だな」と、のど元過ぎたので思えます。