コラム

ASTD ICE2012 セッション(浦山昌志)①

コンピテンシーから感性育成へ

今回注目すべき点は、リーダー開発に関するセッションである。共通するものは、「違いではなく共通点に注目しよう」であった。確かに、文化や習慣が異なっても、共感、共有できる価値観があるはずだ。違いよりも同じ部分を核にして互いの強みを引き出すことの重要性を感じさせる内容であった。

リーダー育成機関として世界的に有名な企業、DDI(Development Dimensions International)やCCL(Center for Creative Leadership)が「自分たちが提唱してきたリーダーシップ開発はコンピテンシーに重きを置き過ぎていた」と報告したことは、大きな転換が起こっていることを意味する。コンピテンシーといった、行動に着目するのではなく、それらを支える感性の部分、インタラクション・エッセンシャル、つまり対人関係構築力、対話力といったものが今後の鍵を握るといえそうだ。

自然科学では大発見はあるが、経営・マネジメントの世界に大発見はない。ラーニングの世界でも同じで、昔からの理論が今も息づいている。その切り口をいかに変え、伝え方を工夫できるかが課題だ。人材開発に携わる者にとって特に重要なことは、相手がどう受け取っているかを感じ取る力である。その感性をいかに磨くことができるか。感性はコンピテンシーでは対応できないものだ。コリンズ氏もカオ氏も「2週間に1度はIT機器から離れる日をつくるべき」と語っていたが、それが内省であり、感受性を高めることになる。

「SU107 Learning through Innovation」
スピーカー:Kevin Oakes

イノベーションを通しての学び

Kevinは、イノベーションを通しての学びについて話をした。まず、組織がハイパフォーマンスを発揮するには次に示す5つの軸が必要であるとのことだった。

4番のカルチャーに注目してほしい。カルチャーとは何だろうか。2つの会社の事例から考えてみよう。米国のある会社は、各自の机がブースで仕切られていてとても静かであった。話声さえ聞こえず、そこからは活力など何らのエネルギーも感じられない。一方、別のベンチャーは仕切りのないオープンスペースで、オフィス内には大型のスクリーンがあり、市場の状況を逐一映し出していた。その中で皆がわいわいがやがやと仕事をしている。この2つの会社のオフィスの雰囲気から大きなカルチャーの違いがあることがわかる。どちらがイノベーションの起こりやすいカルチャーかはおのずと明らかであろう。笑い声さえ飛び出している後者のようなカルチャーをどうしたら作りだすことができるのだろうか。

イノベーションを生み出す企業カルチャー作りには、以下の5つの要素が必要だ。

具体事例をみてみよう。現在、クアルコムの発展は同業他社に比べて目覚ましいものがある。その背景には何があるのだろうか。同社では、年間にして52通、毎週違う、一人一人の従業員の”ストーリーテリング”をニュースレター配信したり、オンサイトのトレードショーにより、従業員が社内向けに自分たちを紹介する時間を設けている。さらに、テクノロジーフォーラムと称する外部の講師を呼んでエンジニアたちとディスカッションする取り組みも行っている。これらの実践には、アイデアを出してディスカッションするオンラインツールも大いに活用している。このような企業文化の変革と企業の業績向上・成長はリンクしているとみることができる。

最初に上げた5つの軸の中の2番目、リーダーシップについて考えてみたい。イノベーションを生み出すにはリーダーシップは欠かせない。例えば、日産はゴーン氏というラーニングリーダーを雇い、全社員がそこから学び、会社のイノベーションが実現したといえる。自律的な学び「ラーニング」があるとイノベーションが生まれる。ラーニングとイノベーションは相関関係があるということだ。

 Learning <--> Innovation (相関関係がある)

イノベーションを生み出すためのラーニング戦略をまとめると、次のようになる。

「SU101 Lost Secrets of Effective Leadership Training」
スピーカー:Peter Weaver / William Byham(Development Dimensions International)

リーダーシップ開発の新たな秘訣

「コンピテンシー」を最初に提唱したDDI社のPeterとWilliamは、コンピテンシーにフォーカスしすぎたという反省と自己否定からスピーチを始めた。コンピテンシーとは、高い成果を上げる人の行動特性を掴みそれを人材育成の中で活用していく考え方だが、それを提唱した張本人が自分たちの主張が間違っていたというのである。このことは、ASTDだけでなく人材育成の基本とかディファクトと言われていることが明日間違いであったと言われる可能性を秘めているということでもある。この場で発表されることがすべて正しいというわけではないという証拠である。彼らの新しい主張は、インタラクション・エッセンシャル(Interaction Essential=対人関係基礎力)、つまり対人関係を支える感性基礎力がすべてのコンピテンシーに関連していて、調査によりこれらがとても重要な基本のスキルとして位置づけられるということであった。以下、彼らの新たな提唱を紹介する。

コンピテンシーの前に、インタラクション・エッセンシャル(対人関係基礎力)を身につけることが重要だ。つまり、この対人関係基礎力の上に、コンピテンシーの要素である、コーチング(Coaching) , 影響力(Influencing), 決断する(Decision-Making), 委任(Delegating)が構築されることで成果が出る。このインタラクション・エッセンシャル(対人関係基礎力)は、エモーショナル・インテリジェンス(感情洞察力)とコインの表裏の関係で互いに必要不可欠の関係にある。リーダーシップ開発はこのインタラクション・エッセンシャル(対人関係基礎力)にフォーカスを当てること、つまり、スキルへの知識を超えたところを目指すべきだ。では、どのようにしたらそれをトレーニングできるのだろうか?基礎的なスキルとして学習カリキュラムに入れて習得させる、他のコンピテンシーと関連して常にこのインタラクション・エッセンシャル(対人関係基礎力)を入れていくこと等の方法がある。

浦山昌志(うらやま・まさし)

株式会社IPイノベーションズ 代表取締役
ASTDグローバルネットワークジャパン 理事/事務局長

1957年長崎県生まれ
松下電器の無線研究所でビデオ機器の制御技術開発に従事。その後、日本理工医学研究所に所属し、通産省電子技術総合研究所に出向。ノーベル賞候補者であった故松本元博士に師事し、神経研究をサポートした経験を持つ。1990年株式会社CSK入社後は、教育事業部にて人材育成に関わる。各種ITトレーニングやeラーニングの開発、LMSの導入、運用サービスを提供。日本で最初にシスコ認定教育をスタートした他、LMSやeラーニングの導入に関しても先進的な事例で市場開拓を行った。ASTD(American Society for Training and Development)の知見を生かし新しいアプローチの人材育成、組織開発を推進している。システム監査士、中小企業診断士の資格も所有。座右の銘は、「探検し、夢を見、発見せよ!」