コラム

ASTD ICE2012 基調講演(浦山昌志)

基調講演は、ASTDのCEOトニー・ビンガム氏を含めて5名が登壇した。世界を代表する大企業の決断の歴史を綴った「ビジョナリーカンパニー」著者ジム・コリンズ氏の他、インプロビジョン(即興)に焦点を当てたジョン・カオ氏、成功するためのマインドセットについて語ったハイディ・グラント・ハルヴァーソン氏の3名がゲストスピーカー。テクノロジーと教育の関係については、ASTDメンバーのクリス・ピリエ氏が講演を行った。

スピーカー:Tony Bingham(President, ASTD CI)

人材開発にもイノベーションを

大会ごとにASTDのCEOトニー・ビンガム氏からのメッセージが発表される。今年のキーワードは「モバイル・ラーニングの必要性と緊急性」。継続して彼のメッセージを聞いていて気づくことは、一貫しているポイントがあることだ。昨年は「ソーシャル・ラーニング」、一昨年は「ソーシャル・ネットワーク」、その前年はSNSを使いこなす若者世代との「ジェネレーション・ギャップ」を訴えてきた。HRの担当者とIT技術の進歩・活用との埋まらないギャップにジレンマを抱えながら、今年は「SNSを始めとする、テクノロジーの変革が、人々の繋がり方や学び方を変化させている。ラーニングもイノベーションを起さなければならない!」と、HRの担当者にメッセージを送った。
この20年間、ASTDがイノベーションをメインで扱ったことはないと記憶している。この背景には、人々のつながり方がテクノロジーで激変していることがある。若い世代を中心に、SNSでさまざまな人や情報につながり、ビジネス以外でも当たり前のように活用する人が増えてきた。SNS活用から生まれる“カルチャー・オブ・コラボレーション”をいかに起こすかという問題意識の表れであり、人材開発という分野だけが、イノベーションが起きていないという危機感から生まれたものだろう。

基調講演1 Jim Collins(Author and Management Educator)

謙虚さと意思の強さが成功への道

1,000万部のベストセラー『ビジョナリー・カンパニー』の著者であるコリンズ氏が語った内容は、リーダーの育成、企業における規律、情報から離れた内省、幸運を自分に取り込むこと、であった。

リーダーについては、『ビジョナリー・カンパニー2』で定義した第五水準型リーダー、すなわち、「個人としての謙虚さと職業人としての意思の強さという矛盾した性格の組み合わせによって、偉大さを持続できる企業を作り上げられる」リーダーをあらゆる部門につくる必要性を説いた。それを聞いて思うことは、日本でこそ可能なことではないかということである。日本語には「職人気質」という言葉も社会的に定着しており、創業100年を超える老舗企業が10万社もあるアジアに例がないほどの老舗大国と言われている。そう考えると、日本にはすでに第五水準層がさまざまな階層にいるのではないか。しかし、これまで第五水準層に焦点が当たらなかったため、見当たらないと思えたのかもしれない。日本には昔から優れた人材育成の方法が体系化されないままに眠っているのではないか、人材開発のヒントは足元にあるのかもしれないと考えされられる内容であった。

“The 20-mile-March”(1日20マイルを守り続ける規律)が重要との話もあった。“The 20-mile-March”とは、南極点到達に名を刻んだアムンゼン隊の成功の法則である。アムンゼン隊は、スコット隊との南極点到達争いとしても知られる。スコット隊は到達したものの、帰路で遭難し命を落とす。成功と失敗の分かれ目は何だったのか。アムンゼン隊は“The 20-mile-March”、つまり、何があっても毎日20マイル進み、それ以上は進まないルールを決め、守りつづけた。一方、スコット隊は天候や隊員たちの体調でその日の予定を立てた。自分なりの規律を決定する力と、それを守りきる力が明暗を分けた。人間にはペースやリズムがあるので、賛否両論であるとは思うが、決めたことを不屈の精神で貫くことが成功の秘訣であること、そしてこれは第五水準の定義にある「謙虚さと意思の強さ」がなければやり抜けないとも読みとれる。

「情報を離れて内省する」「幸運を引き寄せる」というメッセージも印象に残った。今は情報に振り回されている時代なので、ゆっくりと自分自身を内省する時間を持つ必要がある。良いことも悪いことも、その人が感じているだけである。それをどう自分に取り込むか(Return On Luck)に目を向けたいと思う。

基調講演2 John Kao(Chairman, Institute for Large Scale Innovation. Chari of the World Economic Forum’s Global Advisory Council on Innovation)

自由と規律が交差するところにイノベーションが生まれる

カオ氏はアメリカのイノベーション業界の第一人者で、考え方の原点にジャズがあるのが特徴だ。イノベーションはジャミング(即興演奏)と同じで、好き勝手ではなく、ピアノ演奏や旋律の基本、つまり規律を守ったうえでアレンジする。

「イノベーションは規律と自由が交差するところに生まれ、自由と規律の真ん中でインプロバイドすることが重要」だと語った。抽象的な内容ではあるが、会場でジャズピアノが演奏されたことによってイノベーションの概念が感覚的に入ってきて、満席の会場がインスパイアーされたような一体感が生まれた。

ピアノの演奏を聞きながら、自由と規律の間にあるというそのもやもやしたものが大事であると感じた。その間をインプロビジョン(即興)という言葉で表現していた。私はその時の行動規範を決めるのは、どちらかというと規律ではなく(この規律はビジネスエクスキューションという意味)天から降ってくるものではないかと思う。ジャズのインプロビゼーションでは自らの直観でその場で決定していくということのようである。ビジネスに置き換えれば、すべて直観で決めるのではなく、周到な準備をしてそしてその上でその場で感じるもの、起こりうる変化を察知して修正すること。規律と自由さ以外に実は準備が必要で、その準備(一般的には研究、開発などの試行錯誤)が非常に重要な側面をもってくると思う。

基調講演3 Heidi Grant Halvorson(Associate Director, Motivation Science Center, Columbia University Business School)

Be Good!よりもGet Betterを!

行動心理学の大家、ハルヴァーソン氏は、成果を得るために目標設定する際、2つのマインドセットがあると指摘。1つは他者と比較しながら自分の能力を証明するbe goodタイプ。2つめは自分自身に目を向け、昨日より今日の自分、明日の自分をより良く改善・成長していくget betterタイプだ。

■be good mind:他者と比較しながら自分の能力を証明しようとする人
■get better mind:自分自身に目を向け、自分をより良く改善していく人

多くの研究結果データをもとに語られているため説得力があり、私たちが普段思っていることとは反対の考え方に気づかされた。

成功するには先ず自分自身に対する理解を深める必要がある。例えば、「私は何者なのか」「何ができるのか」「過去成功したときに何をしたのか」「失敗したときはどうだったのか」を振り返りそれを語ることなどだ。また、Get Betterの人たちは、ネガティブフィードバックを受けると一旦苦しむがそれを乗り越えて行動しパフォーマンスを発揮する力がある。

どうすればそのようなマインドセットの人たちが育っていくのか。3つの提言がなされた。
 ①Inspireされること(魂を揺さぶられること)
 ②人と比較せず自分自身と比較すること 
 ③If-Thenプランニングであらかじめ行動を決めておくこと

基調講演4 Chris Pirie (ASTD Chair/General Manager, Sales Microsoft)

ITのトレンドと学びの変化の可能性

Chrisはテクノロジーの急激な進歩が教育に及ぼす影響について講演した。ITは、Disruptive(破壊的)であり、非常に変化が早い、それに対して教育技術は非常に古く、今だに昔の教え方を踏襲していることが多い。

最近のITのトレンドと学びの変化の可能性として3つのポイントを紹介した。

①デバイスの多様性(Device Proliferation)
場所を意識し、形も様々、常にネットにつながり、個人個人の持ち物となっている。
これにより、場所を選ばず学びができるようになり、全世界が教室になる。

②クラウドコンピューティング
既に全世界で使われているクラウドが広がる。豊富なハードウェア資源を大規模に使える。経済性と迅速対応性を兼ね備えたこれからのITインフラの主流となる。
サイマル・カーンが2006年に設立した「カーンアカデミー」の取り組みを紹介した。このアカデミーでは、これまでの教育の概念を変えた無料の教育プログラムを提供している。全世界どこでも誰でも無料で学べるコンテンツとそれをオンラインで支える人たちを組織化した。3000本を超える教育ビデオが既にあり、この数は日々増加し、内容も子供から大学生に至るまで広い範囲のコンテンツが用意されている。

③NUI(ナチュラルユーザインターフェイス)
タッチ(触れたり)、話したり、手書きや体の動きなどを察知して入力する技術。
この技術からユーザがコンピュータに接する障壁を下げるだけでなく、これまで考えられなかったような新しい教育の機会を創造する。事例としてマイクロソフトが開発したキネクト(Kinect)のビデオを紹介。その新しいコンセプトが障害を持つ子供たちの能力開発のサポートに秘めた可能性を示した。

浦山昌志(うらやま・まさし)

株式会社IPイノベーションズ 代表取締役ASTDグローバルネットワークジャパン 理事/事務局長

1957年長崎県生まれ松下電器、日本理工医学研究所、株式会社CSKを経て2003年に独立起業。各種ITトレーニングやeラーニングの開発、LMSの導入、運用サービスを提供。ASTD(American Society for Training and Development)の知見を生かし新しいアプローチの人材育成、組織開発を推進している。座右の銘は、「探検し、夢を見、発見せよ!」