コラム

ASTD TechKnowledge2012 基調講演(浦山昌志)

2012年の基調講演にはラーニング分野における3人のトレンドセッターが登壇。中でもゲームデザイナーであり、かつゲーム理論の研究者であるJane McGonigal氏は、本年6月25日放送のNHK『スーパープレゼンテーション』でも取り上げられた話題の人である。なお、講演に先立ち、ASTD CEOであるTony Binghamからのスピーチも合わせてご紹介しよう。

主催者挨拶 Tony Bingham(President and CEO, ASTD)

成長のカギを握るM-Learning

Tonyが開幕で伝えたことは、ソーシャルツールの強大な影響についてであった。特にM-Learningのインパクトを強調し、移動中でもどこでも学びがさらにやりやすくなったことを示した。スマートデバイスを介して多くの人がネットにつながれ、そして個々人もお互いもつながれている状況になったのだ。
彼はモバイルデバイスを介して、いかに効果的にコラボレーションするかの手順を示した。

このようにテクノロジー利用の重要性を認識し、いかに活用するかの視点が重要であると述べた。SNSなどのツールをラーニングプラットフォームととらえること、ソーシャルメディアの利用について、若者たちはまず使うことを当然と考えていることを経営トップは認識しなければならない。(シスコシステムズ社の入社面談では3分の2がSNSを使えるのかと質問してくるそうである。)またSeth Godin(マーケティングの専門家)の言葉を引用したがとても印象的であった。

「もし皆さんが同じ業界での事例を待っているとすれば、その行動自体がすでに遅いということである。」このあと、いくつかのM-Learningの事例が紹介された。

①TELUS社の電柱工事技術者がモバイルカメラを使って、電柱工事の状況を仲間と情報共有している様子をレポート。従業員は、協力して働く文化(Culture of collaboration)を醸成し、互いに持っている情報をシェアすることが重要であることをそれぞれの責任と感じている。

②MAYO CLINICという病院では、協力して看護する文化(Culture of collaborative care)を創りだしている。ツイッターにより患者だけでなく、見込み患者に対しても情報を共有し、病気の予防や正しい治療を受けるための情報を与えて人々をサポートしている。この他にもCIA、NetApp University等いくつかの事例が示された。

最後にドラッカーの言葉を引用し21世紀は個々と組織の生産性を高めることが重要であり、そのためにM-Learning環境の整備、利用が大きな差を生み出すというしめくくりであった。

基調講演1 Jane McGonigal(Director of Game Research and Development)

ゲームがもたらす前向きな感情

Jane McGonigalはTED.com(米国で講演会を実施しているグループ)でも講演を行うなど非常に有名で、著書(『幸せな未来は「ゲーム」が創る』―Reality Is Broken)も日本語に翻訳されている。Janeのゲームの考え方はすでにさまざまなビジネスに応用されていて、オンラインゲームで世界を変えると真剣に考えている彼女の姿勢は学びの分野での大きなヒントとなった。

人々はゲームを行った後、一緒にプレイした人との深くて強い関係が構築される、と彼女は語った。ゲーマーは個々が世界を変えられると信じている人たちであり、とても楽天的で心の姿勢が前向きである。Janeは、なぜゲームを好きになるのか、重要な10個のPositive Emotion(前向きな感情)をリストアップした。

その後、会場の参加者たちに、人と人を連結して親指ゲームを行わせてPositive Emotionを実感させたり、「EVOKE」という現実社会の問題をテーマとしたオンラインゲーム(http://www.urgentevoke.com/ )が、世界の問題を解決することにつながることを示したりした。「EVOKEは現実の生活を改善することでゲームに参加することができ、かつゲームへの参加を通じて、実際の社会問題も解決されていくというようなしくみである。今までになかったゲームの新しい考え方であり、教育の分野においても非常に参考になるコンセプトだと感じた。

昨今の若者は21歳になるまでに、1万時間をオンラインゲームに費やすという。それは専門家になるために必要な時間と同じである。将来的にはさらなるモバイルデバイスの発達や浸透によって、オンラインゲームに関わる人口がいっそう拡大すると予想される。

前向きなストレスに注目

Janeの主張はもちろん個々の学習などのレベルではなく地球規模であって、身近に目を向けると企業の生産性向上やモチベーションアップに寄与するであろうということである。

実際に米国の労働者の71%は、気持ちが落ち込んだまま仕事に傾注できていないという統計結果があり、その人たちには24兆円のコストがかかっているという。(Gallup調査2011)彼らの心を高揚させ、楽しい気分で仕事ができれば、それは会社にとっても個人にとっても幸せなことであろう。「遊び」の反対は「仕事」ではなく「鬱」であるという主張である。

Janeは、ゲームをしているときの心のエネルギーをEUSTRESS(Positive Stress)と言い、前向きなストレスと説明した。これは仕事に対して後ろ向きにとらえるストレスとは性質が異なる。ゲームをする人たちは、その80%の時間を失敗しながら、それでもチャンレジをやめずにゲームに挑んでいくのである。その前向きな姿勢は注目に値する。これはヘルシーなストレスであり、心を病むようなストレスではない。Janeが提案するこの考え方を応用すれば、今後の学習設計に斬新なアイデアをもたらすであろう。

基調講演2 Stuart Crabb(Learning & Development Manager, Facebook)

ソーシャルネットワークが欠かせないGen Y

facebookのタイムラインを示しながらCrabb氏は若いインターネット世代についてその特徴を語った。またfacebook社がどのように仕事をし学びをとらえているか、非常に刺激的なメッセージを伝えてくれたのである。facebook社の絶え間ない成長はその企業文化に根ざしているとともに、さらなる成長をとげるためにfacebookの技術がそれを支えていることも示した。

またASTD CEOであるTony Binghamなどもよく引き合いに出す、若いインターネット世代(GenY)の特徴と彼らの動機付けが何によってなされるかを語った。

彼はfacebook社での数年の経験から、現在の会社のパフォーマンスを重んじる文化について5つの重要な考察を行った。

facebook社においては、役割よりも自分が持つ強みや自己改革などの経験が重要視される。自分の学びに対してそれぞれが責任を持たなければならないのである。

非常に面白いのは、facebook社が日本と同じようなオフィススタイル(パーティションなしの机が島状態のレイアウト)を取っていることである。これは社員同士が互いに気づきあい、コミュニケーションを容易にするために大切と感じているとのこと。またモチベーションを与えるために、リアルタイムラーニングの機会を用意したり、いつも会話を繰り返して、絶え間ないフィードバックを奨励したりしている。加えて、他者に感謝すること、一人一人が仕事のオーナーであることを意識させているという。若い世代(GenY)がそれまでの世代と動機が異なること、決して彼らにソーシャルネットワークを制限してはいけないことを主張していた。

基調講演3 Lisa Doyle (Chancerllor ,Veterans Affairs Acquisition Academy)

退役軍人をビジネスの現場へ

Lisaは2008年に設立されたUS. Department of Veterans Affair(VA:退役軍人局)のアカデミー学長である。VAには30万人の職員が在籍しているが、今後10年間で55%が退任する予定である(ベビーブーマ世代など)。このためアカデミー(VAAA:Veterans Affairs Acquisition Academy)を設立し職員の教育を執り行っている。この講演でも米国人がいかに軍人を尊敬し大切にしているかを測り知ることができる。命をかけて国を守る人々に対する姿勢については、翻って日本の場合を考えると、反省すべき点があるかもしれない。

Lisaは、29年以上の政府、民間でのコンサルティング経験を生かし、このアカデミーで基本的なコンピテンシーやスキルのトレーニングを提供することと、キャリア開発プログラムを確立する働きを行っている。

彼女はこのアカデミーの成功の要素を以下のように示している。
VAAAは完全に教育のための機関であり、施設の壁には「なぜ我々はここにいるのか? 誰が彼のことをケアするのか、彼の未亡人、孤児まで・・ リンカーン」などの彼らの学ぶ目的を考えさせる言葉が書かれてある。(学習環境の中にミッションを思わせる言葉で常にリマインドする)

プログラムは総合3年間のインターンシップ制で、次世代のプロフェッショナルを育てる内容となっており、技術スキル、対人能力、書く力、話す力、自己理解、リーダーシップスキルなど幅広く学ぶことができる。またトレーニングはシナリオがしっかりと設計されており、実際の仕事の現場での関わりにおいて能力を磨くしくみになっている。

一方、負傷した軍人たちのインターンシッププログラムでは、他とは少し違ったプログラムになっている。

・常にビジネス環境に置かれることも単位取得認定の条件とする。その間にVAAAが提携したローカルの大学に1週間に2日通いながら企業で業務を行う。
・ピークパフォーマンストレーニングを受ける。パフォーマンスを最高に高める精神的な自己制御、心理学的なトレーニングは特に負傷した兵士たちには非常に大切である。

浦山昌志(うらやま・まさし)

株式会社IPイノベーションズ 代表取締役ASTDグローバルネットワークジャパン 理事/事務局長

1957年長崎県生まれ松下電器、日本理工医学研究所、株式会社CSKを経て2003年に独立起業。各種ITトレーニングやeラーニングの開発、LMSの導入、運用サービスを提供。ASTD(American Society for Training and Development)の知見を生かし新しいアプローチの人材育成、組織開発を推進している。座右の銘は、「探検し、夢を見、発見せよ!」