コラム

IPIニュースレターvol.09:学習と創造性の未来: アナログとデジタルの融合が開く可能性とは?(2024/03/01)

AIが教師の役割を完全に置き換えることはないと言われてはいるものの、生成AIによるさまざまな機能が教育や学習の現場に取り入れられるようになっており、教師の役割も、 知識を伝授することから学習を促進するファシリテーターへと変化しつつあります。
生成AIは、レッスンプランやコンテンツの作成だけでなく、個々人の理解や進捗に合わせたアダプティブな学習を可能にするなど、これまでの多人数を対象とした教育では実現しづらかったことも可能にし、従来の方法よりも教育効果を高めることができます。生成AIをはじめ、教育へのEdTech(教育のためのテクノロジー)の活用に関する多くの取り組みが日々試行され、それについての情報が発信されています。

 

■2024年のEdTech(?)トレンド
こうした流れの中、Tech & LearningというEdTech関連のサイトに掲載されていた2024年のEdTechトレンドには、意外にもテクノロジーに直接関連しない以下のようなトピックも含まれています。

●学習前の質問やテスト(プリテスト):研究によれば、何かを学ぶ直前にそのトピックに関するテストや質問をすると、そうしなかった場合と比べて理解や記憶の定着が促進されます。プリテストが学習効果を高めるのは、学習前に問題に触れることで学習者が後の学習内容に対してより注意深くなり、関連情報を結びつけやすくなるためです。このプロセスは「テスト効果」とも呼ばれ、学習者が情報をより深く処理し、長期記憶に定着させるのを助けることが知られています(参考)。プリテストに関しては、テクノロジーにそうした機能を含めることが可能と思われます。

●キーボード入力より手書き:学習内容を自らの手で書けば、キーボードで入力した場合よりも内容の定着や理解が促進されることは経験からも感じられると思いますが、この手書きの効果は研究でも明らかになっています参考)。学習内容を手書きすると、視覚、運動、認識など脳の異なる領域が同時に活動し、脳の異なる部分が効率的に連携して情報の伝達と処理が促進されるため、学習や記憶がより強化されると考えられています。
カリフォルニア州ではこのことを踏まえ、一時やめていた筆記体の教育が再び学校で行われるようになったそうです(参考)。

●画面より紙で読む:これも誰もが直感的に感じていることだと思いますが、紙で読んだほうが電子デバイス上で読むよりも学習が促進されます。研究では、紙のほうが内容に没入し集中力を維持しやすい(電子デバイスでは注意散漫になりやすい)、物理的にページがあることが理解を助ける視覚的・空間的手がかりとなったり注釈やマークをつけやすいなどの理由が考えられていますが、まだ明確には証明されていないそうです(参考)。

EdTechを導入するときには、テクノロジーだけでなく、人がいかに効果的に学ぶか(学習に関する科学的研究)の結果も併せて考慮することが重要なようです。

 

企業のL&D(学習・人材開発部門)での生成AI活用はまだまだ
以前のニューズレターでも紹介したラーニングテクノロジーの専門家であるDonald Taylor氏が行った調査『 AI in L&D: The State of Play』(PDFです)によれば、学習・人材開発の仕事に何らかの形でAIを使ってみたことがある人は約半数にとどまり、その内訳も、コンテンツ作成や調査といった目先の仕事の効率化が中心で、パーソナライゼーションやアダプティブ・ラーニングといったL&Dの提供する学習のインパクトを高める部分についてはまだまだであるようです。この調査が、2023年の9/19から10/12にオンラインでの呼びかけに応じた185名の回答に基づいている(つまり生成AIに関する意識が比較的高い人が回答者になっている)ことを考えると、一般には職場の学習へのAIの活用度合いはさらに低いと思われます。
このレポートでは、事前の分析、学習戦略&デザイン、事後のフォローアップといったL&Dにとってさらに重要なフェーズでAIを活用するための推奨事項も紹介されています。

 

 

創造性を高めるためのAIの活用
先日の芥川賞の受賞者がその作品に生成AIを活用していたことが話題となりましたが、AIは、既存の仕事の効率化・有効化だけでなく、新たな価値の創造にも役立ちます。以下、クリエイティブな世界でのAI活用に関する記事をいくつか紹介します。

●『 音楽の作り方が決定的に変わる。架空のロックバンドのコンセプトアルバムを丸ごとAIで作れてしまいました
AIを使いアルバムの全12曲を4時間で仕上げたとのこと。

●東京藝大では、学生向けに、画像をはじめ言葉や詩、音楽、ゲームのような幅広い分野におけるAIと芸術表現の関わりについて 専門家が特別講義を行ったそうです。東京藝大の卒業制作ではAIを使った人があり、そのプロセスも紹介されています。( 参考

●『 風景画ではAIと人間のどちらが描いたかを見抜けないことが明らかに
場合によっては、もはや人間が作成したのか生成AIによるものなのかを区別できないこともあるようです。

●ハリウッドでは、 OpenAIの動画生成AI Soraの凄さを目の当たりにし、撮影スタジオの拡張計画が断念されたそうです。

声優が自分の声を登録すれば、AIによってその声が使われるたびに報酬を得られる仕組みができたそうです。制作物にもこうしたやり方を適用し、クリエイターたちの権利の問題が緩和されることが期待されます。

OpenAIのサム・アルトマン氏は、AIが稼いだお金を人間に還元するベーシックインカムの実現を目指しており、そのための仕組み「Worldcoin」をすでに作っています。その対象はクリエイターに限られません( 参考