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IPIニュースレターvol.25: 記憶のパラドックス:AI時代にこそ脳が記憶を必要とする理由とそのための対策とは?

最近では、主要な生成AIツールが学習機能を提供するようになり、知識の習得や情報探索にかかる時間が大幅に削減され、学びの効率性が飛躍的に高まっています。しかしその一方で、「生成AIが人間の記憶力や思考力に悪影響を与えるのではないか」という懸念も浮上しています。私たちはAIを活用することで知的活動の一部を外部化できるようになりましたが、その結果、脳が本来担っていた負荷が減少し、知的能力そのものが衰える懸念が指摘されているのです。

AIによる認知能力低下の懸念
この点に関して、Barbara Oakleyらの論文『The Memory Paradox: Why Our Brains Need Knowledge in an Age of AI』(2024, SSRN)は、多くの教育研究者の注目を集めています。この論文では、AI時代における人間自身の記憶の重要性が強調されています。Oakleyらは「AIが即時に情報を提供してくれる環境でも、知識が頭の中にない状態では、その情報を評価し、批判的に吟味し、実際の文脈に応じて応用する力が著しく損なわれる」と述べています。つまり、AIを頼りにしすぎると、思考の基盤そのものが脆弱化する危険性があるのです。

たとえば教育研究者のCarl Hendrickはこの論文を取り上げ、「真に思考するためには、頭の中に知識が備わっていなければならない」と強調しています。大量の知識が手元にあるように見えても、それが自らの脳内に保持されていなければ、複雑な問題を解決したり、概念をつなぎ合わせて新しいアイデアを生み出すことは難しいのです。
参考記事:
The Most Important Memory is Still the One Inside Your Head

Flynn効果の反転が意味することとは?
Flynn効果とは、20世紀を通じて世代を超えて平均IQスコアが上昇した現象のことです(栄養、教育、環境刺激の改善により、平均IQスコアが10年あたり約3ポイント増加)。しかし最近の研究では、高所得国でIQスコアが20世紀後半から低下し始める「Flynn効果の反転」が示されており、これは特に1975年以降生まれの若い世代で顕著とのことです。
研究者たちは、この現象の背後に「深い読解や集中を必要としないデジタル環境の普及」がある可能性を指摘しています。短い文章や映像で情報を得る習慣が広がることで、じっくりと考え抜いたり記憶を鍛えたりする機会が減っているのです。ここに生成AIが加わり、思考の負担をさらに軽減してしまうとすれば、人類全体の認知能力の低下傾向を助長することになりかねません。これは、AIを学習に導入する際に真剣に検討すべき課題です。

Flynn effect and its reversal are both environmentally caused』(Bratsberg & Rogeberg, PNAS, 2018)

生成AIの新しい学習支援機能は役立つのか?
このニューズレターでも紹介したChatGPTの「学習モード」やGeminiの「ガイド付き学習」といった新機能は、学習者の理解度に応じたフィードバックや、段階的なサポートを提供し、人間の記憶や思考を補い、学びを深める可能性を広げるものです。しかし一方で、こうした機能を効果的に使いこなすには一定のリテラシーが求められ、実際には多くの人がその恩恵を十分に受けられていない現実もあります。ツールに任せきりにせず、学習方法の設計や活用の仕方を他者と共有・検討することが求められています。

AIとともに拡張される人間の知性
AIは決して人間の記憶や思考を完全に代替する存在ではありません。むしろ、人間とAIがどのように役割を分担し、協働するかが今後の焦点となるでしょう。教育の現場では、単にAIに解答を出させるのではなく、生徒が自分の頭で考えたうえでAIにフィードバックをもらうといった使い方が重要であり、ビジネスでは、AIが示した分析結果を鵜呑みにせず、人間が記憶と経験をもとに批判的に検討することが成果を左右するでしょう。これには人間側の脳のトレーニングも必要とされるのです。

結局のところ、AI時代に問われるのは「どの知識を頭に蓄え、どの部分をAIに任せるか」を見極める判断力です。人間の記憶とAIの外部記憶をどう統合し、拡張知能として活かすか——それこそが、これからの教育・学習における最大のテーマになると考えられます。

Written by : 遠藤