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2023.12.08

IPIニュースレターvol.07:知識の重要性と未来の知識習得:テクノロジーの発展により学習は不要になるのか?(2023/12/08)

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検索エンジンが普及しつつあった頃、「知識は検索すればいいので、もはや知識を覚える必要はなくなった」と言う人たちが出てくる一方、検索で得られるのは単なる情報であり、必ずしも知識を深めることにはならないという批判もあがりました。全般としては当然、後者が主流となり、検索エンジンの結果をうのみにせず批判的に見なければならないという考えが広まりました。今ではほとんどの人が検索を注意深く使い、有効に活用しています。
生成AIの場合も然りです。生成AIに問いかければ、要領よく流暢にまとめられた文書が生成されます。検索エンジンの場合は、検索結果を吟味し、総合的に考える必要がありますが、生成AIの場合はそうした手間をとる必要さえありません。もちろんその生成結果は必ずしも正しくないので実際には確認が必要ですが、仮に正しかったとしても、それは単なる情報であり、そのままでは知識を深めることにつながりません。検索エンジンを使う場合は、複数のURLから情報を吟味してまとめあげる必要があるので、知識の学習という意味ではまだ生成AIよりも役立つのかもしれません。

今回はこの知識の重要性について取り上げます。

知識は思考の糧となり、思考のスピードを速め、柔軟な思考を可能にする 参考記事

教育の世界では、かなり以前から丸暗記知識が批判されています。これはもっともなことでもあります。しかし 研究によれば、丸暗記的知識であっても、複雑なタスクを通じて学習し、問題解決をすることに欠かせません。丸暗記的知識は、それを使って学ぶことにより次第に脳に定着するので、学習の初期段階として必要なことなのです。たとえば、読解や数学などの複雑なタスクを行うには、語彙や九九などの知識が即座に無意識のうちに取り出せるようになっている必要があります( 参考記事)。丸暗記的知識が問題となるのは、学習がその段階でとどまってしまい、それ以上の学習が行われない場合です。たとえ一夜漬けの丸暗記的知識であっても、直後にその知識を使った課題に取り組めば知識を定着させることができます

新たな知識は脳への負荷(認知負荷)となり思考を妨げる
人間の脳が同時に意識的に処理できる情報の数は、ごく限られています。だから検索エンジンや生成AIで調べたとしても、それが自分にとって新しい知識(情報)であれば、必ずしもそれを使ってうまく考えることはできません。人が同時に意識的に処理できる新たな知識の数は限られている上、その新たな知識同士を使って考えることは、脳にとってさらに負担となるそうです。だから、知識を無意識的に柔軟に使えるようになるよう、それを頭の中にしっかりと定着させる必要があるのです。これには、その知識を使って考えたり、実際のコンテキストに適用してみることが必要です。はじめは丸暗記的知識であっても、それを使ってさまざまに考えることにより脳に複雑なネットワークが構成され、状況に応じて適宜取り出しやすくなります。このようにしてはじめて、柔軟な知識として使えるようになるのです( 参考資料1および 2)。

新たな知識は、自分が持っている知識に関連づけて取り入れられる
新たな知識は、その人がそれまでに知っていることに関連付けて学習されます。
知識は、そのままの形で脳に記録されるのではなく、その人がそれまでに持っている知識体系に関連づけることによって取り入れられます。たとえば、何かの番号や文字の羅列など、自分の知っていることに関連付けようのない無機的な情報は覚えづらいものです。
だから、すでに持っている知識が増えるほど、新たな知識をそこに関連付けやすくなり、より速く、より多くを学ぶことができるようになります。何かを新たに学びはじめたときには、まだその新たな知識を関連付ける土台を頭の中に持っていないので覚えるのが大変だけれど、ある程度の知識がついてくれば、学習のスピードが加速していくことは誰しも経験していると思います。

脳のほうが、調べるよりもはるかに高速
検索や生成AIを使って調べたことが自分の持っている知識にインスピレーションを与え、新たな発想が生まれるということはあると思います。しかし、何かを考えるときに、それに必要なすべての知識を検索やAIでまかなおうとしても、調べるという動作自体に時間がかかる上、それが脳にとっての余計な負荷となります。たとえば、文章を読むときに、そこにある多くの単語の意味を調べながら読むのでは、読解に集中できません。
頭の中に定着し、自動的に取り出せる知識が多いほど、より高速に考えることができ、また、状況に応じた柔軟な発想も可能になります。頭の中に複雑な知識体系が構成されていれば、新たな情報をきっかけにインスピレーションが得られる可能性も高まります。

テクノロジーの活用
知識を脳に定着させ、柔軟に適用できるようになるには、時間をおいて、さまざまな方法で繰り返し学ぶことにより、脳に複雑なネットワークを構成する必要があります。テクノロジーを活用すれば、このような仕組みを取り入れた効果的な学習が可能になります。
AIなどのテクノロジーを活用して学習を促進するためのツールが日々開発されています。その現状での有効性はまちまちだと思いますが、学習科学(人間がどのように学習するのかについての科学的知見)を考慮して開発されているようであり、今後の発展が期待されます。以下、ほんの数例を紹介します。

◎生徒に問いかける Khan Academyの「Khanmigo」
医学生や医師向けのAI学習サービス
85カ国220以上の大学や病院で採用とのこと
時間をおいた想起練習ができるツール
自分のレベルに合わせて毎日少しずつ学べるツール
◎ジェネレーティブAIで理解の弱点を特定、問題解決に誘導-- 台湾発のAI家庭教師「Tera Thinker」

未来の知識習得
とはいえ、最近のニュースなどをみると、 脳に直接的に情報を送り込んで記憶を書き換える研究や、 脳内で生じているイメージを生成AIの助けを借りて画像化する研究 脳とAIを融合させる研究など、人間の脳の機能を拡張させるような研究が盛んに行われているようです。実用化はまだまだ先かと思いますが、脳に関する科学の発展により、私たちが現在行っている方法で知識を習得する必要はやがてなくなるのかもしれません。

 

知識があるという思い込み 参考記事
これは検索エンジンが普及した頃の研究ですが、 ある研究によれば、人は何かを検索し、その結果を得ただけで、自分はその知識を習得したという思い込みに陥るそうです。
検索することにより、人は、オンライン上にあることと、自分の頭の中にあることの区別がつかなくなり、自分の知性を過大評価してしまい、さらには、その時点で検索して調べた特定のトピックに限らず、それ以外のトピックについても自分がよく知っているかのような錯覚に陥るとのことです。
生成AIの場合も同様です。生成された結果は、必ずしも自分の知識として身についているものでありません。生成AIをうまく使えば、人間の生産性を高め、人間の能力を増幅させることができるはずではありますが、人間の自信過剰を生み出す危険もあるので注意が必要です。
前回のニュースレターでも紹介した記事にもあるように、最近行われた ある研究によれば、人は性能のよい生成AIを使用するとそれによって怠け者となり、その人自身の能力が低下するそうです。

 

大学生はChatGPTを有効活用している 参考記事)
最近行われたある調査によれば、今の大学生たちの生成AIの利用率は社会人の2倍であり、その用途も、社会人の場合は情報収集が主な用途であるのに対し、大学生の場合は、アイデア出しや問題解決といった創造的なことに活用しているようです。
生成AIが教育に与える悪影響として、学生が学習課題に生成AIを使うことが懸念され、そのための対策がさまざまに考えられています。しかし大人たちの懸念をよそに、若い人たちのほうがむしろ、生成AIが本来持つ可能性に注目し、活用しているのは興味深いことです。このような人たちが間もなく社会人になるので、受け入れる側の準備も必要かもしれません。

AIの普及が仕事に与える影響についての記事をいくつか見かけたので、以下に紹介しておきます。

ChatGPTのフリーランス市場への影響
最近の研究によれば、ChatGPTの出現以降、フリーランスのコピーライターやデザイナーの仕事と収入が大幅に減少したそうです( 同様のことを日本語で紹介している記事
「全部AIで作った」 パルコの新ファッション広告は人間モデル不在
伊藤園のお~いお茶CM、AI作成の女性タレント
地上波テレビ初の「AIデジタルヒューマン・アナウンサー」起用
NHKでも最近は、AIが原稿を読み上げているのをよく見かけますね。